2017年12月1日金曜日

恐怖の人工衛星


     シバジョーのつぶやき

今日私にとってかなり重大な決断をした日だったのですが、自分が望む物が手に入らなかったり、自分の要望が通らなかったとしても、その駄目だった現状に立ち尽くしていては良くない。要望通りに進まなかった現状を認め、その上でどう楽しんでいくかが大切なことだと感じています。思い通りに行かない事の方が遥かに多いのに、その度に足を止めてもがき苦しむことは、生きていく上で心地よくない事だと思います。そして私は過去の経験からも、どんな状況であれ楽しみに変えていくことが必要だと思い、それを実践しているのです。

 今日の決断は自分が納得した上で出した結論だが、正直悔しさは残っている。だけどその悔しさをいつまでも引きずっていては短い人生の時間がもったいないので、気持ちを入れ替え今を楽しんで行こうと思っています。
 
 

 昨夜の記事で中学生の読解力についての記事を書いていまして、学生時代の苦行を思い出したので今日はその話を。

 このブログでも何度か私は走ることが好きだったと書きましたが、一時期は本当に走ることが嫌になったこともありました。私が通っていた田舎の中学校は部活動が強くて有名なんてこともない学校でしたが、部活の厳しさはかなりのものだったと思います。その学校の教育者の間には「試合で勝ちたいなら気合と根性だ!」という時代錯誤の考えが横行しており、競技の技術を向上させるための練習や、試合に勝つための合理的な練習などほとんどした覚えがありません。「1に根性、2に根性、3、4がなくて、5に気合だーーー」のような精神論を押し付けられるような練習ばかり。
 


そしてそのような部活環境の中で私が最も恐れていたのが、部活顧問の「よーし、人工衛星だ」という掛け声です。

私は学生の頃、この『人工衛星』という言葉は全中学高校で通じるものだと思っていたのですが、田舎を一歩出ると『人工衛星』は恐怖の単語ではなく、主に地球の軌道上に存在し具体的な目的を持つ人工天体としてしか知られていないことに驚きました。私達だけがあんな馬鹿なことをさせられていたのかと・・・
 
 

 
私の通っていた学校の部活動の慣習でもあった『人工衛星』とは、顧問の教師が許可を出すまで2時間でも3時間でも一定の速度以上で永遠とグラウンドを走り続けなければいけないもので、生徒が何らかの不手際をした場合は勿論、時には教師の気分次第で「人・工・衛・星~」と怒鳴り声にも似た掛け声が発せられ、私たち生徒は異論を唱えることなど出来ずに長い時なら日が暮れるまで、グラウンドを走り続けるのです。こんなことしていたって上手くなるわけありませんよね。長距離走の選手ならまだしも、球技の選手をそんなに走らせて何になるんだと。しかもこの「人工衛星」は私が所属していた部活では3日に1度は発動していたので、私たちはまともな練習もせずに、地球を回る人工衛星のように、ただ毎日グラウンドをぐ~るぐる。これがほとんどの運動部で行われていたのです。

 
 
 

 そしてしまいには、その部活の球技が上手い選手ではなくて、『人工衛星』やり続けることの出来る、教師のお気に入りの生徒がユニフォームを着ることになるのですからおかしな話です。技術よりも根性で試合に出られるかどうかが決まるのですから。

 
 ですので私はこの『人工衛星』の恐怖におびえていた数年間だけは本当に走ることが嫌いでした。軍隊じゃないんだから、といつも思ってました。シューズを何足履きつぶしたことか・・・ 頭悪すぎますね、合理性のかけらもない。

 
未だに夢にも見ますからね。「人・工・衛・星~」と鬼顧問が叫んでいる夢を。

ですから私の前では絶対に人工衛星という言葉は口にしないで下さい。泣きそうな表情で走り始めます。
 


最後までお読みいただきありがとうございました。
 

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