http://www.2ko2kora2ko6256.com シバジョーのブログ: 笑い風

2017年11月22日水曜日

笑い風

 仕事の合間、気分転換のために遊びで短い読み物をつづる時が、私には良くあります。
これは数時間の遊びの中で、力を抜き書き上げたものの一つなのですが、何人かの知り合いに見せた際に思わぬ高評価を頂けましたので、アップしてみたいと思います。あくまでも仕事の外の物ですので、詳細な手直しも見返しをした作品ではございませんため、誤字脱字等お見苦しい点が多々あるかもしれません。ですが皆さまが時間のある時にでも、さらっと目を通していただける読み物になれば幸いです。これは私の大好きな芸人さん二人を使わせていただいたお話です。
お前なんかの作品読んでられねぇよって方は、最後の方に目を通してください。つまり言いたいことはそういうことです。
 これは実在の人物を私が勝手に動かした創作作品ですが、不快感を感じられる方がいたら大変申し訳なく思います。


             ・笑い風            (北野武&明石家さんま)

風を求め、湿り気の強い廊下を手提げ袋を片手に一人歩く。草一本生えることのない冷たい道。
新調した革靴の新しさを誇示するかのような軋みが耳障りだが、その不快な音を生む足の動きは思いのほか軽やかだった。
 歩く自分の横を蒼白な顔をした若手のテレビ局員が走り抜けていく。その際に「お疲れ様です」と、しっかり挨拶をし、一日中走り回った疲労の香りを一欠片残して。
 目的としていた部屋の前で立ち止まると、扉の中から甲高い笑い声が聞こえてきた。誰か客でも来ているのだろうか、声が止む様子はない。だがここまで来て引き返すことは、しゃくに障る。意気揚々と話す声に割り込むように武は二度扉を叩く。コン、コン、と遠慮がちな音が鳴り、それに応じ扉の中からは鬱陶しそうな声が返ってくる。
「はい?」
短く大きな声には、面倒臭さのモヤがかけられているように感じた。
「俺だけど」
武の声を聞き、部屋の主の声が様変わりする。
「え、ちょっと待って下さいよ」
重く見えた扉はことのほか軽快に開き、慌てた様子の主が顔を覗かせる。手には古い型の携帯電話が握られていた。
「武さんじゃないですか、珍しいですね、どうしたんですか?」
さんまは先ほどの短い返事が嘘のように高揚とした声を出した。一種の公害のような大きな声だったが、彼の様子から察するに自分が急に楽屋を訪れたことは迷惑ではないらしく、まとわりついていた不安は姿を消し、武は肩の力を抜く。
「いや、今日お前も来てるって聞いてさ」
「そうなんですよー、収録日変わっちゃってね。そっちは今ニュース終わりですか? あ、それよりこんなところで立ち話もなんですから、入ってください」
何故かさんまはニュースと言いながら眼鏡を指で上げる仕草をした。ニュース番組はインテリジェンスなもので、インテリな人間は眼鏡をかけているだろうという彼の主観の表れだろうか。だが武はそこに触れない。
「入っていいの?」
「何言ってんですか、当たり前でしょ。入ってくださいよ」
いつも通り陽気な空気をまとう男に、武は意地の悪さを覗かせる。
「いや、でも今日はいいや。なんか忙しいみたいだし、声も怖かったし今度にするよ。また出直します、お邪魔してすみませんでした」
頭を下げる武に、さんまはわざとらしく慌てる様子を見せる。声と同様にリアクションもまた大きい。
「そんなことないですってー。久し振りなのに何でそう言いうこと言うんですか。ほら、入って、入って」
さんまは顔に笑みを浮かべ、武の背中を強く押す。
 
 さんまの楽屋は、武が局に用意された楽屋と同じで無駄に広く、寂しさが広がっていた。白い大きなテーブルの上に忘れられたようにポツリと置かれた食べかけの弁当が、その寂しさをより際立たせていた。寂しさを強調する弁当から目を背けたかったが、避けることに息苦しさを感じ武は弁当を指さす。
「この弁当、俺の番組でも毎回用意されてるんだよ。これ不味いだろ」
武のつぶやくような言葉に、さんまは大きく目を広げる。職業病なのだろうが、やはりリアクションが大きい。
「何言うてはるんですか。僕食べてビックリしましたよ、こんな美味い仕出し弁当あるんだって。これを不味いなんて、あんた普段からいい物食べ過ぎなんですよ。トリュフやら松茸やらポルチーニやら」
「それ全部キノコじゃねーか。そんな馬鹿みたいにキノコばっかり食べてたら、体にキノコ菌寄生して風呂上りにキノコ生えてくるよ。そんなことになったら、街歩いてたらオネェちゃん達寄って来ちゃうじゃないか。『あらあそこに美味しそうなキノコ生えてるわ、食べてもいいかしら』って」
楽屋の中に風が吹く。ケタケタケタケタケタ 白い歯を前面に出し、手を叩きながらさんまは笑った。ケタケタケタケタケタ ケタケタケタケタケタ 壊れたような笑い方。誰かに操られているのではないかと、彼を吊るす糸を探したがどこにも見つからない。喉を鳴らし、何とも気持ち良さそうに笑う彼を止めることは悪い気がしたため、武はそのまま話を続ける。
「7Daysじゃ毎度この弁当出してくるから、いくら美味くても飽きちゃうんだよ。だから俺なんて今この弁当食わないで、インスタントのカップ焼きそば食べてるからね。けっこう美味いんだ、これが」
首に筋を立て笑っていたさんまが、意外と作りの良い顔を元の位置に戻す。その顔には笑いはそのまま残っているが、笑みの種が変わったように思えた。笑顔の奥に楽しさが透けて見える。久し振りに会う武との二人だけの空間にようやく落ち着き、楽しむだけの余裕を得たようだ。
「えぇっ、でも武さんカップ焼きそば食べるにしたって、楽屋では湯は沸かせても湯切り出来ないでしょう。床にお湯捨てるわけにもいかないし。どやって食べてはるんですか?まさかお湯入れたまま食べてるわけじゃないんでしょ。そんなん焼きそばじゃないですよ」
「そんなことわかってるよ。マネージャーに給湯室で湯切りだけしてきてもらうんだ。で、そこからは俺が作るの。作るったってソース入れて青のり振りかけてカラシマヨネーズ適量入れるくらいのもんだけどな。それぐらい自分でやらなくちゃ駄目人間になっちゃうからさ」
さんまは感心したように喉の奥から声を出す
「ほぇ~、真面目というか何というか。全部人任せにはしないんですね」
「うん、まぁね。でもさ、俺のマネージャーけっこうな歳なんだよ。俺より二つか三つ若いくらいの年齢。そんなんだからさ失敗も多いんだ。カップ焼きそばなんてさ、お湯入れて3分待ってお湯捨てるだけだろ。それが出来ないの、今のマネージャー」
思惑通り興味深げにさんまは聞く。安い撒き餌で真鯛をひっかけた感覚だ。
「それの何が出来ないんですか」
「ん、聞く?」
「そりゃ聞きたいですよ。そこまで言うたんなら最後まで責任持ってちゃんと話さんと」
さんまは武のマネージャーの話に興味を持っているようだった。早く早くとじゃれつく犬のように、話の続きを促すさんま。彼の待ちわびる表情だけで武は酒が飲めそうだった。自分の中で紡ぎ合わせた言葉で人を酔わせその先を望ませる。その状態を作り出すことに武は卓越した技術を持っていたが、自分の話に相手が飛びつかんとするほど焦がれる様には、今でさえ喜びを感じてしまう。そして、その相手もまた洗練された手腕を持ち、自分と同じ高さに座することのできるほどの人間なら喜びは一層の高まりを見せる。武はゆっくりと話始めた。
「まずね、あいつ老眼だから、焼きそばの作り方の説明文をよく読めないの。あれってけっこう字ちっこいだろ。でさ、二カ月くらい前かな。初めてカップ焼きそば作ってきてくれって頼んだんだよ。給湯室でやってきてくれって。で、俺は台本に目を通して待ってたわけ」
「はい、はい」と、相槌を打ちながらも、さんまの眼球は今にもこぼれ落ちそうになっている。
 この男は笑い話が大好物なのだ。溺れた状態で浮き輪と笑い話が流れてきたら、この男なら迷わず笑い話に飛びつくのではないだろうか。生きることは笑う事、死してなお笑いを。笑いの権化だ。
「で、ちょっと戻ってくるの遅いから、給湯室混んでるのかな~くらいに思ってたわけ。そしたらそいつ戻ってきて、自慢げに言うんだよ。『武さん、焼そば作って参りました』って、こんな顔してさ」
武は大げさに顔をひん曲げて見せる。それと同時に、さんまは顔を上げ手を鳴らす。
「いや、その人にしたら頑張ったのかもしれませんやん。大変な作業だったんでしょう、きっと」
「違うの、そこじゃないんだよ。よし、食べるかと思ってフタ開けたらさ、もうね、麺がぶよんぶよんに伸びちゃってて、ケースから溢れ出そうになってるの。だから俺『なんだよ、これ』って言ったの。そしたらそいつは『え、ちゃんとやりましたよ』って顔してくるわけ。俺も楽しみにしてたから、腹立って聞いてみたんだよ。『おまえこれ、どうやって作ったんだって』、そしたら湯切りまで7分も待ってたっていうんだよ」
「7分?どういうミスですかそれ。普通ああいうもんって待つ時間3分くらいのもんでしょ」
「だろ?7分も湯につけとくって、嫌がらせにしか思えないだろ。人が食うのを楽しみにしてるものを、そんなにするなんてな。あれじゃ老人食だよ。こしも何もあったものじゃない。それで問い詰めたらさ、3分たったら湯切りってのを7分と読み間違ったっていうんだけど、いくら老眼だからって3と7を読み間違えるか? 形が全然違うだろう。3を5と間違ったってんなら俺はまだ我慢できるよ。なんとなく形も似てるし、5分くらいならまだ食えるから。それが7分だよ、酷すぎるだろ」
さんまは相づちを打つのも忘れ、ケタケタと笑っている。目の前の男の笑う姿に武の口は更に潤滑になっていく。自分の話で笑ってくれる人間がいることは、どんな賞を受けることよりも喜びは大きい。
「それだけじゃないんだよ。どこ探しても焼そばに入れるソースが無いの。青のりとマヨネーズはあるのに、ソースだけないんだよ。それ言ったらさ、あいつ『ソース置いてきちゃったかもしれません、取ってきます』って血相変えて走っていくんだよ」
楽屋で気を緩めていたさんまの笑いは止まらない。喉をひぃひぃ鳴らし笑っている。武はさんまの喉が擦り切れて穴が開かないか心配になる。そしてそれと同時に快感を元にした笑いが武の顔を覆っていく。
「でさ、かなり焦ってたんだろうな。そいつ顔真っ赤にして戻って来たんだよ。で『すいません、もうありませんでした。清掃係のババアに捨てられたようです』って涙声で俺に報告するわけ。「ふざけんじゃないよって。掃除のおばちゃんのせいにしてさ、麺はぶよんぶよんだわ、ソースはないわで、青のりとマヨネーズはしっかりあるの。なんか奥歯にものが挟まったみたいだろ。ソースが無いなら青のりもマヨネーズもない方がいいよって。不格好すぎるだろ。もうね、あいつの行動の全てが悪質なの。俺の映画でそんなことしてたら、あいつの指一晩で全部なくなっちゃうよ」
ケータケタケタケタケタ、ケタケタケタケタケタ、とさんまは一層長く大きく笑った。まるで壊れたばね人形のよう。ケタケタケタケタケタ、ケタケタケタケタケタ 彼の笑いは永遠の螺旋を描くように止まることを知らない。青い空の下、突然吹いた強風のような笑い。
 一切の迷いのないその笑いが、秋の夜の寂しさを少し和らげた。
 彼の笑いが収まるのを待ち、武はテーブルに手提げ袋を置いた。飢えた獣のような反射神経でさんまは聞く。
「気になってたんですよ。何なんです、それ」
「うん、貰い物のワイン」
「えー、これ、いただけるんですか。武さんがもらってるくらいだから、もしかして有名どころのワインですか?」
武は小さく鼻で笑い、産地とヴィンテージを告げる。
「ボルドーの95年物」
「そんなん言われても僕にはわかりませんよ。ワインの名前は?」
手提げ袋からボトルを取り出し、さんまに手渡す。
「シャトー・ラフィット・ロートシルト」
「うわっ、いいとこのじゃないですか。これ高いんでしょ。いいんですか?もらっちゃっても」
「多分20万くらいじゃないかな。なかなかの当たり年らしいから美味しいと思うよ」
「でもどうして突然僕に?」
照れを隠すように武は頭をかく。
「俺最近ワイン飲み過ぎててさ。ちょっとワインから距離置こうと思ったんだ。女でも時間空けてから会うと良く見えることってあるだろ、同じ女なのにさ。だからワインとも一度離れてみようと思って。けどさ、距離置いたってもう一度ワインと付き合うかはわからないだろ? 二度と飲まないかもしれない。でさ、ワインって生きものじゃない。飲み方によってさまざまな表情見せてくれて、でも本当の姿はなかなか見せてくれない気難しい奴。そんなワインがさ、飲んでくれるかどうかもわからない奴の所に居てもつまらないと思うんだ。それで少しでもワインが好きな奴のとこに置いておいてやろうと思ってね」
さんまは半笑いの表情で口を開く。
「あ、僕にくれるんじゃなくて、僕が保存しとけってことなんですね。でも仕事終わって家帰って酒なかったら、これに手つけちゃうかもしれませんよ。責任持てませんからね」
「いいよ、飲みたいなら飲んじゃえって。下手に家に転がしといたら、上機嫌な奴がそっぽむいちゃうよ。すねた女と飲んだってつまらないだろ。だから保存の仕方もよくわからないなら、美味いうちにさっさと飲んじまうほうがいいんだ」
「劣化ってやつですね。ワイン好きの人、良くいいますもんね。上等なワインをプショネにするんは最低だって。ほなら僕、預かってるもんとは思わずに、ほんま飲みたくなったらすぐ開けちゃいますから。ワイン腐らせないように。いや、もう腐ってるか。駄目にしないように」
受け取ったワインボトルを大事そうに抱えるさんまに武は笑いかける。
「でもさ、飲んだなら金払えよ。それは俺がお前に貸し付けてるワインなんだから」
おちょくりを始める武。悪い癖だとはわかっているが、この悪癖が抜けることは無い。おそらく心身に沁み込んでしまったものなのだろう。そしてそれをよく理解しているさんまの口調は軽い。
「いや、さっきくれるようなこと言ったじゃないですか。飲みたくなったら飲めって。だからこれはもう僕のものですよ」
「いや、なんか手離したらやっぱりそいつが可愛く思えてきてさ。おまえのところにやるの、いたましくなっちゃった」
「ダメですよ、そういうとこ治さないと。あんたの悪いとこですよ」
「わかった、わかったよ」
そう言いながらもワインボトルに手を伸ばす武。
「何ですか」
ボトルを隠すように身をよじるさんまに、笑いながら武は言う。
「取らないって。ほんっとに疑り深いなお前は。ちょっと貸してくれよ、それ」
「もう~、今度はなに」
すねるようにボトルを渡すさんまに幼さを感じ、不本意ながら小さな愛しさが沸く。
「おい、お前が抱くように持ってたから、ボトル温まっちゃってるよ。これでワイン壊れてたらどうするんだ、もったいない」
さんまはすぐに言葉を返す。
「あんたが取ろうとするからでしょ」
怒りながらも笑うさんま。二つの感情を同時に顔に表している。見事なものだ。怒りながらも高らかに笑う狂人。そんな役者が人を殺めるシーンを脳内のスクリーンに映し出し、一人鑑賞にふける。高級スーツの下に笑顔のミッキーマウスのTシャツ、手には牛刀。けたたましく雨が降る夜の繁華街の片隅に、そんな狂人と悪しき被害者。意外と映えるかもしれない。しかし、唐突に始まった映画鑑賞は終わりも唐突に訪れる。
「ちょっと、武さん。何一人で固まってるんですか? 用ないならワイン返してくださいよ」
狂人の鋭い声にスクリーンは暗転し、余韻に浸る間もなく、突風がごとく笑う男の楽屋に戻される。
 視線が結ばれたため、さして言葉の選択はせずに目の前に座る男に言葉を発する。
「ワインっていいよな。おいら達は月日がたつごとにガタが来るけど、ワインってのは保存法さえ間違えなけりゃどんどん洗練されていくんだぜ。人間が作った飲み物なのに人様より賢く生きてやがる」
意図して出した言葉ではなかった。そのため深い意味も持たない。ただベクトルこそ違えど、自分と同じく誰もたどり着くことのできない孤高の座に位置するこの男なら、何か受け取ってくれるかもしれないと薄い期待はあった。
 その考えは正しかったのか、目の前に座る男は目を細め皮肉に笑う。狂人の笑みだ。
「あんた、何か悩んでるでしょ。なんか今日は顔が暗いな~思てたら、ワインなんか羨ましがって。ホント困った人やな~」
「だってさ、年取ると年取っていくと体だけじゃなく、脳まで退化していくんだぜ。おいら達だっていつかは表舞台から降ろされちゃうよ。ずっと明るい照明の下にいる気はないけどさ、ここまで身につけてきた技術が身から離れていくってのは悲しいだろ。こういうものは一度失われると二度と戻っては来ない。気づいたらボケ老人になっちゃってるよ」
さんまは座ったまま背を伸ばし顔を上げる。表情は見えず、顔色をうかがえないことに薄い不安を武は覚えた。
「なにアホなこと言ってはるんですか」
椅子に深く座り直す武の前に、さんまの顔が戻ってきた。その目には強い光が見て取れる。
「あんたね、いい年してそんなことで悩んでたら駄目。僕らはもう十分老いてるんだから、これ以上老いることに何の恐怖もないでしょう。この年齢で誰も登ってこれない切り立った山のてっぺんにいるんですよ。もう十分でしょう」
さんまは真っすぐに目を見つめてくる。今この男には言葉は必要はないだろうと、武は口角を上げ笑みで言葉を返す。
「そうですよ。笑いなさい。笑ってればいいの。僕らどんな時だってそうしてきたでしょ。例えどんなに辛い人生でもね、笑顔でいれば人生は楽しくなってくるの。笑ってる人の所には、どんなに小さくても必ず幸福は降ってきますよ。だから笑ってなさい。暗い顔してちゃ駄目」
更に笑みを深くし、武はうなずきかける。空っぽだった楽屋の空気は熱を持ち始めていた。
「表舞台から降ろされたからって何だって言うんですか。あんたや僕を引きずり降ろしたい奴がいたとして、それが望み通りいったとしてもね、そいつは絶対後悔しますよ。僕らの色は僕らにしか出せないんですから。しょーーーもないお気に入りの顔を僕らの後に置いたからって、そいつが武さんや僕になれるわけでもない。ほなら僕らはどっか酔いどれが転がる路上で漫才でもしてましょうや。光る奴は表舞台に立たんくても光るんです。ゴミだめの中にいたって輝けるんです。よし、路上でツービート漫才やりましょう。受けますよー」
笑いながら大きく体を震わせ、武は吠えるように言葉を発する。
「俺はまだいいけどさ、お前は絶対ツービートって柄じゃないよ。口が回るし8か16でもいけるだろ」
ケタケタケタケタケタ さんまは笑う。
「いや、やろうと思えばできると思いますよ。でもそんなビート上げて、武さん付いて来れますか?無理でしょー」
「馬鹿野郎。俺が何年お笑いやってきてると思ってんだよ。なんなら32ビートでもいけるよ。高速漫才。客が何言ってるか全然聞き取れないのな。『えっ、何、あの人達何言ってるの?』ってな」
心地よい高らかな笑い声を上げながらも、素早く合いの手は返ってくる。どこにボールを投げても、必ず投げ返してくれるありがたさ。
「客を相手にせず、自分たちだけが笑える漫才ね。いいじゃないですか、ホントそれやってみたくなりましたよ。練習しよかな」
顔を高揚させ武は手を振り、言葉を飛ばしながら笑う。
「でもね、実際に漫才やってるおいら達も、実は何言ってるかわからないのな。ただ、わぁーーー、うわぁーーーって叫んでるだけなの。それがおかしくて二人で肩たたき合いながら笑ってさ。客ポカーンだよ、このボケ老人たちはいったい何やってんだろうって」
ケタケタケタケタケタ ケタケタケタケタケタ ケタケタケタケタケタ
今日一番の突風が楽屋に吹き、二人の笑い声が重なった。
 笑いを引きずりながら武が部屋を出ると、先ほどの若い局員が、一層顔を青くして廊下を歩いてくる。上着を羽織っているので、ようやく帰路につけるところらしい。まだ20代前半であろう局員は、武の姿を目に停めると、すかさず姿勢を正し「お疲れ様です」と廊下に枯れた声を響かせる。そしてまた歩き出す疲れた背中に、多くの言葉が浮かんだ。その中の一つを口に出す。
「おい、逃げ出したいほど辛いだろうけど、今が頑張りどころだぞ。辛い時こそ笑っちまえ」
振り向いた彼の顔に、淡い花が咲き風が吹いた。

作 芝本丈

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