http://www.2ko2kora2ko6256.com シバジョーのブログ: 影踏み

2017年7月23日日曜日

影踏み

 やはりブログ更新のペースが落ちて来た。ブログ開始当初は毎日更新するはずだったのに、仕事に追われすでに二日も開けてしまっている。これ以上ブログ更新を間延びさせることは出来ない。だが何かを書いている時間も今の私にはない。といことで、今回も私は卑怯な手を使わせてもらう。読み物作戦だ。仕事の合間に遊び感覚で書いていた、実在の人物を勝手にお互貸した私の創作作品を載せておくことにした。実は前回載せた武さんとさんまさんの話が意外と好評だったため、これももしかしたらという期待はある。では、ご賞味あれ。


         ・影踏み             「マツコ&有吉」
「この人たちみんな陽の目見ないで消えてくんだよね。しかも半数の人はそれに気づいていながらも諦めることが出来ない。悲しいねー」
重く冷たい声が新宿駅西口に響いた。
 たむろするかのように歌うストリートミュージシャンたちの訝しむ目が一斉にこちらに向けられる。その視線に耐えることが出来ず僕は下を向いた。僕のスニーカーの先には大きな影が一山。路上でくすぶっていた火にガソリンをまき散らし、路上を闊歩するように歩く男が一人。カメラの前ではないため彼の服装は大人しいが、それでも彼は化粧をしワンピースを着ている。白と黒ではなく、あえて言えば灰にくすんだ白と黒の暗いボーダーのワンピースに、また暗い灰色のカーディガンを合わせている。男性が女物の服を着ているだけでも人目を引くのに、彼は女装という様式よりもずっと特徴が強い人間だ。もしも彼が女を捨て男の格好で街を歩いたとしても、やはり多くの人は彼を意識するだろう。彼は一般的な日本人と比べるととても大きく、そして図太い。まるで大地を悠々と歩くアフリカゾウのよう。彼にはそんな気は一切ないのかもしれないが、僕は彼が歩いてくる姿を見るだけで敵意を感じてしまうほどだ。もっと言えば今僕のスニーカーの先を歩く、この影からですら敵意が溢れんばかりだ。それに…いや、この辺で止めておこう。僕は彼が嫌いではないし、付き合いの長い同業者だ。頭の中であっても悪口を言うことは避けたい。
僕は彼の背中に一歩詰め、スニーカーで彼の大きな黒い影を踏んで歩く。こんなことをしても気分は晴れないが、彼をけなさない代わりにこれぐらいの遊びはいいだろう。
「ねぇ、どこにする?」
影を強く踏みつける遊びを始めた僕に、彼の鋭い目が向けられる。彼の言葉から察するに、僕の遊びがバレたわけではなさそうだ。彼が僕を殴りつけるようなことは無いだろうが、それでもそっと胸をなでおろす。
「マツコさんが行きたい店あるんでしょ?そこでいいですよ」
「いや、私の行きたい店西口じゃなかったのよ。あんたが勝手にテクテク歩くから間違っちゃったじゃない。もうどうすんのよ」
彼はあからさまに面倒臭そうな表情を見せた。そしてその面倒臭さの裏には疲れや呆れも見て取れる。彼のミスで西口に出てしまったのに、ただ付いてきただけの僕にこれほどの負の感情を含んだ顔を作る大男。一言いい返したい所だったが、それで彼が余計にこじらせてしまうことはやっかいなため、僕は健やかな笑顔を見せる。
「間違えちゃったんですね。それなら戻るのもあれですから、その辺の店に適当に入っちゃいましょうか。今日平日だから空いてる店くらいあるでしょう。ね」
彼の機嫌を損ねないための渾身の笑顔だったが、どうやらそれが彼の反感を買ってしまったらしい。彼は真っすぐにに口を結び、僕を見下ろす。
「何よ、その顔。いら立ちが見え見えじゃない。そういうのを皮肉な顔っていうのよ。ホントいやらしい人。それに何よ、適当な店に入っちゃいましょうって。私たち今日初めて二人きりで飲むのよ。それなのに適当な店って言う事ないじゃない。どうしてそういう言葉口にするの、信じられない。私飲むのやめて帰ろうかな」
彼は自分のミスを棚に上げ怒り出した。それじゃあ今日は帰りますか、という言葉を飲み込み、僕は屈託のない笑顔に困惑の影を微かに浮かべ、彼をなだめる。
「何言ってるんですか、ここまで来たんだから飲みに行きましょうよ。お互い忙しいからこんな機会なかなかないですよ。僕もマツコさんと飲みたいですし」
「本当にそう思ってくれてるの?」
彼は急に内気な声を出した。全然彼らしくはないが、本来彼はとても繊細な人間で、それを隠すために荒々しいキャラを演じているのかもしれない。きっとその方がマスコミやテレビ受けがいいのだろう。真面目なオカマをテレビに出してもどうにもならない。とにかく今がチャンスだった。今こそ手綱を引きムチを打ち込むべき時だ。二人の中で自分が上に立たなければ、今夜の飲みは地獄と化す。優位に事を進めるのだ。
「当たり前じゃないですか。ホラ、グチグチ言ってないで行きましょうよ。僕が知ってるお店紹介しますから」
「うん、わかった。それじゃあ行こうか」
暗い返事をする彼の手を引き、僕たちは人波を避けるように新宿駅から歩き出した。
 
僕は彼を連れ創業20年は経つ居酒屋に入った。この居酒屋は売り上げもそこそこのはずだがチェーン展開は一切しておらず、新宿に根差した名店だ。純和風の居酒屋で肉料理、魚料理問わず何でも美味いのだが、偏食の巨漢マツコは肉も魚も頼まずに、日本酒をかっくらい卵料理だけを食べ続けていた。後輩芸人がこんな偏った食べ方をしていたら、酒を楽しむ場とはいえ僕は説教をしていたであろうが、彼に対してそんなことをする気は一切起きなかった。自分の身の安全が一番なのだ。
「あんた最近どうなのよ」
偏った物を食べることにふけっていた彼が突然口を開いた。彼の突然の質問に、僕はワサビの良く染みた肉を口に運ぼうとしていた手を止め、質問に対する答えを考える。「最近どうなのよ」これほど難しい質問はないだろう。どう答えても彼がそれを寛容に受け止めてくれるとは思えない。例えばだ、例えば僕が彼の問いに対して「うん、最近調子いいですよ」と、無難な答えを返したとしよう。すると普通の人間なら「あ、調子いいんだ。良かったね」くらいの返答で終わるだろう。だが僕の隣で卵を食べている彼はきっと違う。「調子いい」という言葉にも、彼ならひと悶着付けてくることだろう。きっとこんな感じ。「調子いいって何。それじゃ私に何も伝わらないじゃない。何、何が調子いいの? 仕事?人間関係?それとも男女の関係? だいたい私ならお金周りが良くたって調子いいって思うわよ。調子いいって言葉は曖昧すぎるの。何でそんな曖昧な言葉一つで返そうとするの。私会話のスタートにしようと思って話振ったのよ。それでそんな答え返されたんじゃ、私どうすればいいの。『あぁ、そうなの』って私が言ったらそこで会話が終わっちゃうじゃない。ちょっとはコミュニケーション取ろうとする努力しなさいよ」 こんなことを言われてしまってはせっかくの酒がとてつもなく不味いものになってしまう。酒を前に不快な思いはしたくない。僕は覚悟を決め神仏の前で禊をする思いで口を開く。
「最近はようやく楽しくなって来たって感じですかね。番組も長く続いてくれてるし、仕事の方もかなり安定してきましたからね。10年前が嘘のようですよ」
マツコはガラス細工のような酒器を傾け、酒を飲む。いや、飲むという表現は正しくない。彼は酒を飲んでいるのではなく、ただ胃に流し込んでいるかのように僕には見えた。器の中を空にし、彼は今日初めて僕を友好的な目で見る。
「そうよね、私もまさかここまで人生が順調に運ぶとは思わなかったわ。人目に晒されることを避けられなくなる、多大な犠牲は払ったんだけどね」
彼がまともなことを言ったので、僕はうなずいた。
「うん、外で何するにしても人の目は気になりますよね。僕だってそうなんだから、マツコさんならなおの事でしょう?やっぱ目立つし」
僕から思わず出た軽口に、彼の動きは一瞬止まる。卵料理を咀嚼していた口の動きを止め、僕を見た。今僕は見たと言ったが、実際にはこれも語弊があるように思える。彼の人を見るという行為は、ある意味威嚇に近いものがあるのだ。事実、彼は今僕を見据え威嚇をしている。何故僕はお酒を飲みながらこんな苦痛を味わっているのだろう。
 僕は身を固くしたが、彼の威嚇は僕から彼の口内へと移り、すでに飲み込めるまで小さくなった卵料理を更にかみ砕き始めた。ビールでそれを流し込み、彼は何とも皮肉めいた眼で僕を見る。捕らえられた囚人の気分になり、僕は低く首を沈めた。
「新しい番組、楽しめてる?」
「かりそめのことですか?」
「そうよ、新しい番組ったらそれしかないじゃない」
「僕は結構楽しめてますけど、マツコさんはそうじゃないと?」
彼は大きな体の上に乗った顔を小さく振って見せる。
「楽しめてるのよ。楽しめてるけど、視聴率も下がってるし、なんかこれでいいのかなって思ってさ」
「あー、やっぱり視聴率は怒り新党の時よりかは下がってるみたいですね。三大調査会がなくなったのが痛かったですね。あれ僕も好きでしたし」
隣に座る彼が一瞬膨らんだように僕には感じられた。横っ腹につまようじを刺したい衝動に駆られる。
「でも一番痛かったのはあれじゃない?」
「何ですか?」
「夏目ちゃんの損失」
ワサビの風味に混じりけのない悪意が乗り、僕の鼻を強く打つ。何故ここでその話題を出すのかと、僕は呆れる。だがアルコールに背中を押された彼の口は止まらない。
「夏目ちゃん可愛いし賢かったのに、どうして辞めちゃったんだろうね。もったいない」
いやらしく笑う彼を無視して、僕は最後の肉を口に運び、この嵐が過ぎ去るのを待つ。下手に手を出せば大怪我をしてしまうだけだ。
「彼女さえいれば怒り新党だってまだ続いてたと思うし、かりそめだってここまで停滞しなかったと思うんだ。意外と彼女が番組の屋台骨だったのかもしれないね」
ビールを一口飲み、彼は僕の背中に丸い手を置く。
「つらいわよね。どうしてこうなっちゃったのかしら」
僕は耐えきれず口を開く。
「もうこの話題止めません」
「あら、何か気に障ることでもあった」
僕は無理に半笑いの表情を作り、絞り出すように声を発する。
「もうその話は過ぎたことですし、今は二人で楽しくお酒飲んでるんですから、そういうのは止めにしませんか」
「怒ってるの?」
「怒ってないですけど、ちょっと僕も不快には思っちゃいますし」
彼は僕の背中から手を放し、三敗目のビールに口を付けた。
「うん、わかった。あんたが嫌ならこの話は止めにする」
「嫌がること承知で話してたでしょう」
ジョッキの中のビールを水のように言に流し込み、彼は僕に強い目を向ける。ただ強い眼光にも拘らず、その目には彼が普段常にまとっている敵意は無いように感じられた。不思議な目。
「この話は止めるけどさ、あんた最近なんか引きずってるんじゃない。上手く言えないけど、前に比べて今のあんたは陰気よ。陰があるわ、陰を引きずってて暗いのよ」
「そうですかね」
彼が言いたいことが全く分からないわけではなかったが、確信を隠す言い方に背中がむず痒くなった。
「辛いことがあったのかもしれないけどさ、陰気な気持ちでいたら駄目よ。物事何てそうそう上手くはいかないの。悔しい思いだってたくさんする。でもそういう苦難を乗り越えていくのも人生の楽しみの一つなんじゃないの。生まれた瞬間から勝ちが決まってるどこぞのお坊ちゃま達より、私たちの方がずっと裕福に生きられるの。だから楽しんでいきなきゃだめよ」
どうやら彼は僕を励ましてくれているようだ。そのために今日僕を飲みに誘ってくれたのかもしれない。僕は皿に残っていたサラダを箸でかき集め、一気に口に運ぶ。サラダという前菜の姿をしていた野菜に付着したドレッシングは思いのほか辛く、彼の言葉と同じ味がした。
「お坊ちゃま、嫌いですか」
「大嫌いよ。祖父母やら両親から安全に確実に成功する道を与えられて、その道をベビーカーに乗ってお世話係さんにでも押させてさ、おしゃぶり口に付けたまま大人になって、偉そうに私達を見下してさ。自分の足で歩いたこともない癖に最低」
僕は素直に笑う。
「怒ってますね。それで、そんなやつらと僕らは違うと」
「当たり前でしょ。親のコネも金もなけりゃお世話係さんだっていないし、未舗装の道を自分で開きながら歩いてんだから全然違うわよ」
ビール三連続の後で頼んだ、場違い甚だしい桃で作られたカクテルを彼は一口で飲み干し、アフリカゾウの足のような首を振る。
「違う違う。話はずれたけど、私たちはそうやって生きてるんだから怪我だってするわよ。つまずいたって仕方ないわ。つまずいてドブに落ちて泥だらけになったってね、それを糧にして進んで行くの。それでいいの。こっちは必死に生きてんだから、笑いたい奴らは笑わせておけばいいの」
温くなったビールを飲み、僕は口を開く。
「ああ、最後までは言わないんだ。進んだ道の先には輝かしい景色が見えてるわよ~とか」
「そんなことまで私が言ったら格好悪いじゃない。輝かしい景色なんて言葉、私らしさが微塵もないじゃない」
僕は肩を思い切りたたかれ椅子から転げ落ちそうになるのを堪え、彼を見る。
「じゃ、どんな景色が待ってるかはわからないけれど、とにかく転んでも怪我しても暗い顔してないで前に進めってことですね」
「そういうこと」
少し気分が良くなった僕は、彼のように残っていたビールを一気に飲み息を吐く。そして続けて嫌味も吐く。きっとそれが僕らしいから。
「ありがとうございました。気を使ってくれたんでしょ。優しいですね」
僕の言葉が聞こえない振りをしてそっぽを向く彼の脇腹を、僕はこちょばしてやる。すると、アフリカゾウが跳ねた。
「うぎゃっ、何するのよ」
体格からは考えられないほど俊敏な動きを見せた彼は、僕を思い切り叩いた。ただ笑っていただけの僕の頭を思い切り叩いたのだ。彼をからかうことは、鎌倉時代の殿様の前で放屁をするように命がけだ。それでも僕は再度笑いながら彼の横腹に手を伸ばし、彼はその手をハエのように叩き落とした。
 その後も僕らは何度か笑い、店を出た。理由は全く分からないが、支払額の3分の2は僕が持つ羽目になったが、文句は言わなかった。もういいのだ。
夜の風に吹かれ、僕は彼の背中を見ている。本当に小山のような背中。厚い脂肪の乗る背中に僕がほくそ笑んでいると、小山は動いた。
「排ガス臭いとか言われてるけど、やっぱり新宿の空気はいいわねー」
彼の言葉に僕はうなずく。
「うん、言われるほど臭くはないよね」
僕の短い返答に詰まらなさを覚えたのか、彼はまた口を結び前を見る。彼が無表情で眺める道路を走っていく車は、やはり高級車が多い。吐き気を覚えるほどの高級車の列。僕のいた地元では決して見れなかった光景だ。赤信号で止まったら、一台蹴りを入れてやろう。これだけ高級車が走っているのだ、一台くらい蹴ったって文句は言われないだろう。
「意外と楽しかったし、もう一軒行っちゃおうか」
高級車のライトに照らされる彼に、僕は答える。
「もう一軒? 僕けっこう酔いが回ってるんですけど」
僕の言葉に彼の顔は一瞬で歪む。
「あぁ、そう。じゃあ帰ろっか」
ふて腐れ歩き出した彼の影を踏み、僕はわざとらしく慌てた声を出す。
「ウソウソウソウソ、僕ももう一軒行きたいです」
彼は振り返り、70年代前半のアメ車のようなふてぶてしい笑みを見せる。
「でしょ?」
太い一言だけを残し、彼はまた歩き始めた。僕は首を少し曲げ夜空の下に広がる新宿の明かりを見る。もはや見慣れ切ったけたたましい光に、僕は目を細めた。きっと彼はこの夜のように、僕がどれだけ泥にまみれても変わらずにいてくれるのだろう。
 僕は偶然足先に転がっていた小さな石ころを蹴り上げ、先に歩き出した彼の背中を探した。彼の影を踏むことは、悪くない遊びだ。もう少し付き合ってやろう。

芝本丈

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